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私は、おじいちゃん子でした。きっと、両親が共働きであまり家にいなかったせいだと思います。
おじいちゃんは、子供心を本当によくわかってくれる人でした。あの人自身が、どこかまだ子供だったのかもしれません。ふすま越しにおじいちゃんを呼ぶと、
「おじいちゃん、遊ぼっ!」
「由美かい?」
「うんっ」
「本当に由美かどうか、合い言葉で確認しなくちゃいけないね」
こんなことを言うのです。探偵ごっこのようなもので、私はそれがとても好きでした。
「合い言葉が言えたら、本当の由美だね」
「うんっ」
「鳥山明先生の作品が読めるのは?」
「ジャンプだけー!!」
「よしよし、入っておいで」
「わーい!!」
おじいちゃんは、鳥山明先生が大好きだったようです。合い言葉は、いつまでも変わりませんでした。私が大きくなっても。
高校生になって寮に入った私を、おじいちゃんはとても心配していたようです。だけど私の前ではそんな素振りは一切見せず、たまに電話をかけてきては、
「鳥山明先生の作品が読めるのは?」
「ジャンプだけね、おじいちゃん」
「由美、元気にやっているかい?」
「うん、元気だよ」
「そうかい、たまには帰ってくるんだよ」
そんなおじいちゃんが、私は大好きでした。
ある日、電話がかかってきました。おじいちゃんからかな、と思って受話器を取ると、お母さんからでした。もしもし、というお母さんの声を聞いて、少し嫌な予感がしました。
「由美、落ち着いて聞いてね」
「…うん」
おじいちゃんが、突然倒れた、とのことでした。私は急いで病院に向かいました。おじいちゃん。おじいちゃん。
涙でボロボロになった私の顔を見て、おじいちゃんは微笑みました。そして、何か言おうとしました。だけど、それは声になりませんでした。
枕元には、何十年も前のジャンプが置いてありました。ドラゴンボールの最終話が載っている号でした。
「おじいちゃんがね、どうしても持ってこいって。やっぱりもう、ボケちゃってるのかしらね…」
母が、涙を拭いながら言いました。違う。違うよ。私は思いました。おじいちゃんは、本当に鳥山明先生が好きなんだ。
「由美…由美…」
おじいちゃんが、かすれた声で言いました。おじいちゃんは、とても穏やかに微笑んでいました。だから私も、涙をこらえて、微笑みました。
「うん、私、ここにいるよ。どうしたの?」
「由美…」
「うん」
「おじいちゃん、由美に、謝ることがあるんだ」
「…え?」
「実は、鳥山明…先生はな…」
おじいちゃんの息は、だんだんと荒くなりました。だけど私は、おじいちゃんが喋るのを、止めることはできませんでした。
「鳥山明先生は…絵本も描いてるんだ…」
「えーー?」
「…おじいちゃん、嘘つきだ…」
「そんな…そんなこと…」
ショックじゃないと言えば、それは嘘になります。私はずっと、ジャンプだけなのだと思っていたのですから。だけど私は、こう言いました。
「そんなことないわ、おじいちゃん」
「…ゆ…み…」
「だって、私とおじいちゃんの合い言葉は…」
「…」
「ね、言って。おじいちゃん、言ってよ」
おじいちゃんは、なかなか声を出せませんでした。もう本当に、つらかったのだと思います。だけどおじいちゃんは、言ってくれました。最後の力を振り絞って。
「…鳥山明先生の…作品が…読める…の……は…………」
「ーーっ」
私は、涙でぐしゃぐしゃになっていました。だって、おじいちゃんの声が、だんだんと小さくなっていってしまったからです。
そんな私を見て、おじいちゃんは、また微笑みました。
そしてそのまま、おじいちゃんは、息をしなくなりました。
「おじいちゃん…! おじいちゃん…!!」
私は泣きました。もう、何も言いたくはありませんでした。だけど言わなくちゃいけないことがあります。まだおじいちゃんが温かいうちに、言わなくちゃいけないことがあります。
「…ジャンプだけ…ジャンプだけよ、おじいちゃん……」
おじいちゃんの死に顔は、とても穏やかでした。ちゃんと聞こえた。私の言葉は、ちゃんと届いた。私は今でも、そう信じています。
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